概要

背景

大型の表示面にペンなどの直接指示ディバイスを組み合わせた対話型電子表示装置(対話型電子白板,対話型電子ボードなどの名称で呼ばれている)が複数メーカから市販され,普及し始めている。これらの装置の利点は,従来から教員や生徒が慣れ親しんでいる黒板を利用した授業に,情報化によってもたらされる利点を融合できるというところにある。提案者らは早期からこうした装置を試作し,企業との共同研究などを通して実用化を進めてきた。しかし,今後それらの装置が一般化していくにあたって,解決しなければならない問題がある。それは,それらの装置を活用した教育アプリケーションが未発達で,その蓄積も少ないことである。極端な例として従来型の CAI をこの環境で利用しても,教員が主役の所謂知識注入型の一斉授業の情報化には役立たないからである。

当該プロジェクトの必要性

対話型電子白板は,従来の一斉授業に欠かせない黒板とチョークによる教育の特徴と利点に,情報処理の利点を融合できる可能性がある。しかし,この環境を利用するにふさわしい教育ソフトウェアの研究開発は未熟である。これまでの教育ソフトウェアはドリル形式のCAI や知的 CAI など,手法的には高度な人工知能技術などを活用しているとしても,個別学習が前提となっている。ところが,現在の学校における授業は,黒板とチョークを用いた一斉授業の形態が多く,このような授業形態において,個人学習を想定したソフトウェアを利用することには,授業内容を先生の代わりにコンピュータが教える状態になり,かえって一斉授業のもつ教育効果まで損ねる危険がある。所謂一斉授業では,生徒個人個人の進度に合わせた教育は難しいが,他の生徒の発表を聞くことや,全員の前での自分の意見の発表を通して,先生からだけでなく級友から学び,また,コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力を養う効果など,個別学習にはない様々な利点がある。したがって,教育ソフトウェアの分野においても,個別学習用だけでなく,一人一人が自ら考え課題を解決する一斉授業の方式に合った教育ソフトウェアの研究開発が不可欠である。

当該プロジェクトの成果目標

(a)    視線集中型で教師が主役となる教育ソフトウェアの作成方法論を検討し,具体例を示す。

(b)     生徒が回答する形式の教育ソフトウェアの作成方法論を検討し,具体例を示す。

(c)    両者を統合し,対話型電子白板を活用した教育ソフトウェアの作成方法論をまとめる。

(d)    対話型電子白板活用の教育ソフトウェアの可能性を示して,そうした市場開拓のきっかけを作る。そして,対話型電子白板の一層の利用分野を開拓する。

 

本プロジェクトで狙う先進性

 教育ソフトウェアで考察すべき先進性には二つの形があると考える。一つは,教育ニーズを考えて先進的技術を開発し,それを盛り込むことである。先進的技術の場合は,その完成度の問題やニーズとの整合性の問題から実用的なレベルになるには更なる研究開発や改善が必要となるであろうが,とにかく,「こんなこともできるのか」と思わせるような,そして,新しい教育ソフトウェアを期待させるような新規性を見せる形がある。この形を技術先進性と呼ぶことにする。

 ところが,先進性にはもう一つの形があると考える。それは,開発方式における先進性である。従来,教育ソフトウェアは,利用者や学習者を想定して開発者が設計・開発するか,あるいはその問題点(利用者ニーズ,学習者ニーズを十分には反映していないなど)を改善して,教育者の提案にもとづいて開発者が開発するかの形式がほとんどであった。しかし,教育ソフトウェアというは,教育者だけでなく学習者の評価が重要であり,使ってみないと予測できない副作用などもしばしば発生する。また,現場の先生方はソフトウェアに対する要求仕様をまとめるのに不慣れである。そして,そもそも教育ソフトウェアというのは,先生という利用者と生徒という利用者が存在し,要求仕様が非常にまとめにくい種類のソフトウェアなのである。

 さらに問題なのは,このような形で開発されたソフトウェアに問題が認識されたとき,先生側から改善を申し出ても不可能とか多大なコストがかかるとかで先生方の期待とは違ったソフトウェアに終わるケースが多かったのではないだろうか。

だとすれば,最初から試用と改善を数回繰り返すことを前提にソフトウェア開発をすべきではないだろうか。最近は工学のあらゆる分野で利用者の意見を設計段階から聞くコンカレントエンジニアリングの必要性が認識されているが,教育ソフトウェアの場合はさらに進んで,作成・評価・改善を,先生・生徒・開発者からなる開発グループで繰り返す必要があるのではないだろうか。そのためには,開発サイクルの短縮,簡素化が不可欠になる。こうした形式で教育ソフトウェアを開発することを開発方式先進性と呼ぶことにする。

1. 先生・IT技術者・教育工学者などによるスパイラル法による開発