理科実験ソフトウェアでは,普通の黒板では消えてしまう子供たちの実験結果を保存できるので,前時を振り返るのが容易となり,また,表を大きく表示できるので,視線を集中させることができ,学習効果が上がったように思われる。そろばんソフトウェアでは,そろばんの表示が大きいので後の方の子供にも見やすく,集中して取り組んでいる様子が見られた。子供たちは電子白板でそろばんの操作をやりたがり,以前の教具を使用した時とくらべ,短時間で意欲的に学習することができた。研究会での発表では,スキャナから取り込んで大きく表示できるので書きこんだり強調したいことを色をかえたりして,発表の組立を自分たちで考えて演出していた。普段の授業では発表の声が小さく,自分の考えを伝える力がついているとはいえない子が多いグループであったが,子供たちにとって魅力的な発表手段の電子白板を活用したので,非常に主体的に取り組むことができた。
小金井第一小学校では第5学年,第6学年の理科に専科教諭を配置していて,本プロジェクトの評価担当として加わられた二宮教諭がその任に当たっておられた。また,二宮教諭は前任校(東京都府中市立府中第一小学校)時代に農工大大学院生とのパソコンTA(Teaching Assistant)授業を2年間に亘ってとりまとめを担当され,パソコン室での学習支援ソフト開発提案の経験を有しておられたことに加え,対話型電子白板利用授業をも既に2年前に体験されていたことから,授業支援を引き出すためのソフト開発仕様提案に具体的なイメージを描く力を持っておられたことが大きな原動力になっていた。
キッカケが動き出すとプロジェクトに加わられた他の3人の先生方からもどんどん意欲的な開発要求が提案されて,学校現場に足を踏み入れる機会の少なかった開発技術者にとっては生きたユーザインタフェースのあり方を体得できる得難い検証の場にもなった。
一般に市販されている学習支援ソフトウェアの多くは開発業者側の一方的な思いこみが強いか,あるいはごく一部の利用検証しか得られていないと断定したくなるものが多く,授業現場を預かる先生方には不満の元になっていることをあらためて確認した思いである。
本プロジェクトの背景には,教員や生徒が従来から慣れ親しんでいる黒板利用の授業に加えて,対話型電子白板活用によって得られる情報化の利点を融合させたいという願いがあった。また,コンピュータ室におけるPC利用に際してのコンピュータの一方的な教え役打開を目標に挙げていた。実験授業そのものが限られた時間数の結果であることから断定的な提案を導き出すには至っていないが,評価の中から得られた知見をまとめることにする。
本プロジェクトでは対話型電子白板の学習現場への導入において,その長所を引き出す可能性の検証に着眼を提唱してきたが,従来型ツールである黒板や,視聴覚教材の代表の一つであるVIDEOの存在意義とを比較したので,それぞれの長所を評価した上で組み合わせて活用することが最も望ましい姿であることを提言したい。表 1は従来型ツールとの利用環境比較をまとめたものである。
表 1. 従来ツールとの利用環境比較
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黒板 |
VIDEO |
対話型電子白板 |
ハード面から見た利便性 |
◎教室に常備されている ◎同時に何人でも書き込みができる ◎低年齢の学習者であっても,独りで書き込みができる |
◎教室に常備されている △通常は教師による操作利用になる ●映写の途中で解説等の書き込みはできない ●映写による解説速度は一定である (学習者の理解度合い に関係なく,画面進行してしまう) |
△利用のための設備が必要である ◎電子ペンにより板面に書き込みができる ●プロジェクタによる前面投影のため,説明者の立つ位置によって影が邪魔になる △1台の電子白板には複数のペンによる同時書き込みができない(要時間差) △電子ペンdriverの位置調整が面倒である |
学習順序の柔軟性 |
◎画面は事前準備が何もなくても利用できる △基本的にはその場で書いて表示する ●盤面に表示できる範囲しか書き込めない |
●すべてにおいて事前準備を必要とする △原則として内容のスキップ(ジャンプ)を想定していない |
○白紙ページへの書き込みができるので,事前準備が何もなくても板書機能の利用ができる ◎メニュー単位にジャンプ,繰り返し,所要時間調整等を自在に扱うことができる |
視聴覚教材としての適応 |
●動きを表現できない ●サウンドの対応はできない |
◎画面は音声を含めて動きがある ◎利用者の撮影した記録を映すことができる |
◎コンピュータによる利用支援が受けられる (画面の保存ができる) ◎プレゼンテーションツールとしての側面を有している |
表 2は従来型ツールとの利用環境比較をまとめたものである。ここでも利用の目的と特質とを理解した上で活用することを提唱したい。
表 2. ソフト面から見た利便性の比較
コンピュータ室のPC |
対話型電子白板システム |
○一般的に基本ソフトはWindowsを利用している △用意されている学習教材ソフトは,ドリル様式(自己学習支援型)や検索学習様式(図鑑類)が多い ◎個人の能力に応じた学習利用に適している ●アプリケーションが立ち上がると,学習者(児童)とコンピュータとの間に一対一の関係ができあがってしまい,教師の出番に配慮できているといえる学習教材ソフトは少ない ●教師の役割は操作説明と,利用時のトラブル対処に追いやられる傾向にある (学習内容については,コンピュータが一方的な教え役に徹しているものが多い) △市販品の学習教材ソフトは開発者と利用者(現場教師)との間に意志疎通が乏しく,中には教師の教え方と反する指導方法を採るものさえ存在する ●児童全体に対する学習の進度管理が難しい (一斉授業に適しているとは評し難い) |
○基本ソフトはWindowsを利用している (コンピュータ室PCの利用経験と共通する) ◎コンピュータによる支援と板書機能とを融合させている ◎一斉授業の長所である,児童と教師の間のface to faceの関係を重視している (教師は学習者の理解状況を把握しながら進度調節をすることができる) ◎プレゼンテーションツールとしての側面も有していて,聴き手の集中力を高めることに貢献している ◎授業は一般教室での黒板利用時と同様に,電子白板を背に教師が学習指導をする方式を基本形としているが,必要に応じて児童の参加を随時織り込むことができる ◎利用時の画面データを保存できるので,次回授業における記憶の復元効果(継続性)が大きい ◎適用されたソフトは開発技術者から直接に操作指導を受けているため,利用に際する教師の不安が少ない (改善ならびに追加等の機能変更も受け入れられた) ◎開発プロジェクトを通じて現場教師が直接仕様提案をする機会に恵まれ,自前の指導案づくりにも胸が張れる |
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△教室の灯りを制限しないと画面が見づらいときがある |
今回,複数の種類のソフトウェアを使用し実践授業を行って,対話型電子白板を活用した教育ソフトウェアの方向性として,先生が主役となるソフトウェアが必要であると感じた。最初に先生方が考えた授業を行い,それに対しての生徒の反応を見た上で,さらに改善が行われてより良い授業に洗練されて行くのが自然な姿であると考えられる。電子白板を活用した教育ソフトウェアとしては,以下の3つの要素が考えられる。1つめは,使いやすく操作が簡単なソフトウェアであることが必要である。実際の授業では,電子白板の操作だけを行うのでなく,多数の生徒の反応を見ながら進めて行く必要があるため,電子白板の操作が極力負担にならないようにする必要がある。機能を制限してでも,ボタンを大きくするなどの使いやすさを優先すべきであると感じた。2つめは,自由度の高いソフトウェアで,写真などスキャナやインターネット上から取り込んでコンテンツを作成できるソフトウェアである。これは今回のプロジェクトでは理科実験の白紙コンテンツなどが該当する。3つめは,先生方に新しいアイデアを提供するような先進的なソフトウェアであり,電子白板の利用可能性をさらに広げるソフトウェアである。今回のプロジェクトにおける熟語筆記回答対戦ソフトウェアなどのような文字認識技術の先進性を電子白板上の教材に使用したソフトウェアなどがそれに該当する。